処方せんの疑義照会
水曜日, 8月 15th, 2007薬剤師法第24条は、処方せん中の疑義照会に関する規定である。
曰く『薬剤師は、処方せん中に疑わしい点があるときは、その処方せんを交付した医師、歯科医師又は獣医師に問い合わせて、その疑わしい点を確かめた後でなければ、これによって調剤してはならない。』ということである。
更にこの規定を受けて薬剤師法第32条に『次の各号のいずれかに該当する者は、五十万円以下の罰金に処する。「4.第24条又は第26条から第28条までの規定に違反した者」』の罰則規定が定められている。
この規定は医師の記載する処方内容を、薬剤師が患者に代わって監査することによって、より安全な薬物療法を提供するというのであり、いわば“医薬分業”の根本となる規定である。
しかし、実際には、薬剤師の側がこの規定をないがしろにしているのではないかと思われる節が伺える。
医薬品名の略号・薬価基準に収載されていない医薬品名・判読不明な薬品名・明らかに何処かの病院の約束記号等、処方を記載した医師しか判断できない内容の質問を、医薬品情報室に簡単に振ってくる。しかし、結局は“調査不能、処方医に確認を”ということにならざるを得ない質問内容なのである。
薬剤師が、最初から処方医に確認しさえすれば、簡単に処理できるものを、何故取り敢えずということで第三者に調査の依頼をするのか。もし、運良く一定の調査結果が出たとしても、それはあくまでも“推測”の域を出ず、最終的な確認は処方医にしなければ、調剤はできない。
ところでこの一連の流れを見ていて、何時も不思議に思うのは、この間、患者はどこにいるのかということである。処方せんに確認すべき内容があるため、処方医に確認するので暫くお待ち下さいと患者に伝えて電話をするのと、何処か分からないところに電話をして待たせたあげく、再度処方医に確認のための電話をするというのでは、当然、待ち時間に差が出てくるはずである。更に何をしているのか分からずに待たされるというのは、同じ待ち時間であっても、待たされる方の時間感覚は長くなるはずである。
『処方せん上に疑義が存在する場合、直ちに処方医に確認する』という薬剤師業務の原則を、全ての薬剤師が遵守することを期待したい。
次の文書は、日本薬剤師会の会長名で都道府県薬剤師会会長宛に発出された文書である。この様な文書が出されること自体、薬剤師が薬剤師としての基本が守られていないことの証明みたいなものである。
日薬業発第137号
平成12年9月20日
都道府県薬剤師会会長 殿
日本薬剤師会
会 長 佐 谷 圭 一
院外処方せん発行に伴う疑義照会の徹底等について
平素より、本会会務に格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
さて、徳島県立三好病院(徳島県池田町)で脳障害の治療を受けていた男性患者(40歳)が、本年7月、院外処方せんによって薬局で受け取った薬を服用し、けいれんや意識障害を起こして1カ月入院する事故が発生しました。事故の経緯は別紙のとおりですが、抗てんかん剤「アレビアチン」10倍散2gを処方されるところを、誤って原末2gを処方され、薬局が疑義照会の上そのまま投薬したことが原因と推測されています。
薬剤師法第24条では、「薬剤師は、処方せん中に疑わしい点があるときは、その処方せんを交付した医師、歯科医師又は獣医師に問い合わせて、その疑わしい点を確かめた後でなければ、これによって調剤してはならない」とされており、また、薬局業務運営ガイドラインでは、「疑義照会を行った場合は、その記録を残しておくこと」とされています。今回の事故では、疑義照会先が不明確であったことと、その記録が不十分であったことが指摘されています。
本会では、平成10年9月、調剤過誤防止マニュアル(日薬誌-同年10月号)を策定し、類似する名称や複数の濃度・規格がある医薬品等については、その取扱いに留意するよう周知を図ったところであり、特に今回の対象医薬品であるアレビアチンについては、有効域と中毒域が近いために重大な医療事故を起こす可能性が高いことから、注意喚起を行ったところであります。したがいまして、今回、当該薬局が疑義照会を行ったにせよ、このような事故が起きたことは誠に残念でなりません。
本会では、今回の事故を重く受け止め、リスクマネジメント特別委員会を中心に薬局における調剤過誤の一層の防止対策に取組む所存であります。貴会におかれましても、院外処方せんの発行に伴う処方医への疑義照会を会員薬局に徹底するなど、下記の事項を中心に薬局における調剤過誤防止対策に一層のご尽力を賜りたく、ご高配の程、お願い申し上げます。
記
1.疑義照会及びその記録の徹底について
会員薬局においては、「処方せん中に疑義が生じた場合には、薬剤師が処方医に直接疑義照会を行い、疑義が解決した後でなければ調剤してはならない」原則を徹底されたいこと。
疑義照会を行った結果、薬剤師が薬学的見地から疑義が解決しないと判断する場合には、調剤することが適当でないと判断せざるを得ない場合もあることを認識すること。
なお、疑義照会を行った場合には、その責任の所在を明確にするため、薬局側の質問者名と質問の内容、及び医療機関側の回答者名と回答の内容を薬歴に記録すること。
2.特に注意を必要とする医薬品の取扱いについて
会員薬局においては、フェニトイン(アレビアチン)、ジギタリス製剤(ジゴキシン)、フェノバルビタール、インスリン、抗ガン剤及び麻薬等の規格・濃度の違いが重大な事故を起こす可能性が高い医薬品について、特に処方せんの確認や医薬品の取り間違いに留意すること。
なお、複数の規格・濃度、類似する名称が存在するなど、取り間違いが生じやすい医薬品については、「調剤過誤防止マニュアル」(平成10月9月10日付.日薬業発第104号.日薬雑誌- 平成10年10月号)を参考とされたいこと。
3.処方せん発行医療機関との話し合いについて
都道府県薬剤師会及び処方せん発行医療機関のある地元支部薬剤師会においては、どこの薬局でも間違いなく調剤できるよう、複数の規格・濃度、類似する名称が存在する医薬品等については規格・濃度等まできちんと処方せんに記載するよう、当該医療機関と話し合いを行うこと。
また、疑義照会の方法についても、県薬及び地元支部薬剤師会が中心となり、当該医療機関と十分な話し合いを行うこと。疑義照会は薬剤師が処方医に直接行うものであるが、処方医に連絡がつかない時の対応や、大型病院の場合には院内薬剤部の協力体制等についても話し合いを行うこと。
以 上
参 考
薬剤師法第24条
薬剤師は、処方せん中に疑わしい点があるときは、その処方せんを交付した医師、歯科医師又は獣医師に問い合わせて、その疑わしい点を確かめた後でなければ、これによって調剤してはならない。
薬局業務運営ガイドライン(平成5年4月30日)
12. 業務(3)疑義照会
薬剤師は、患者が有効かつ安全に調剤された薬剤を使用することができるよう、患者の薬歴管理の記録や患者等との対話を基に薬学的見地から処方せんを確認し、当該処方せんに疑義がある場合は、処方医師に問い合わせて疑義が解消した後でなければ調剤してはならないこと。
なお、疑義照会を行った場合はその記録を残しておくこと。
別紙
徳島県立三好病院における調剤過誤事故等の経緯
(新聞報道等による)
- 男性患者(40歳)は脳障害の治療のため3年前から月1回のペースで通院。
- 平成12年4月3日:徳島県立三好病院が院外処方せん発行を開始。
- 平成12年4月5日:脳神経外科の医師がアレビアチン「10倍散」を1日2g 処方する際に「10倍散」の但書きをせず。処方せんは手書き。処方せんを応需した薬局では用量に疑問を感じ、疑義照会を行ったが、当該病院からは「医師の指示通りに」との回答があったとされる。薬局ではアレビアチン原末1日2g(分3)を1ヵ月分調剤。
- 平成12年5月 :処方せんをコンピュータ処理に変更。散剤の濃度も表示されるようになる。
- 平成12年7月4日:男性患者が4月に薬局で受け取った薬を服用したところ、数時間後にけいれんが起き、意識障害に陥る。救急車で同病院に運ばれ入院。
その後、香川県善通寺市内の病院にも入院。
- 平成12年7月15日:三好病院が徳島県保健福祉部に処方ミスを報告。
- 平成12年8月1日:男性患者の病状が回復し、退院。
[考 察]
同病院は本年4月から院外処方せんの発行を開始したばかりであった。院内の薬局では 3月までアレビアチン「10倍散」しか採月していなかったため、同病院では「アレビアチン」の処方には「10倍散」を調剤するのが慣例になっていた。
今回の事故は、院外処方せんに切り替えた4月以降も医師が従来通り「アレビアチン」とだけ処方せんに記入し、「10倍散」の但書きをしなかったことが原因と推測されている。
この問題に関していえば、院外処方せんを発行するときに、常に論議になる院内ルールの問題である。何種類の剤型の薬剤が市販されていようが、院内に限定していえば、その施設で購入されている薬剤が全てであり、この病院の場合、アレビアチン「10倍散」しか採用していないため、倍散の記載を省略して「アレビアチン」と記載しても『アレビアチン「10倍散」』を調剤するという院内ルールが成立する。
院外処方せんに切り替える際、医師に正式名称での処方の記載を依頼しても、長年の習慣で簡単に修正は効かない。まして手書きの処方せんで院外ということになると、まず修正は殆ど不可能だということになる。更に今回の事例で不幸なことは、調剤薬局からの疑義照会に対して、院内ルールの立場から判断すれば、院内で実施している調剤ルールに基づいて回答し、その結果「アレビアチン」原末が患者にだされたということになったということであろう。
院外処方せんの発行を決めるのはいいが、院内ルールの修正や調剤薬局に対する院内ルールの伝達等、その決定に付随する修正作業は膨大なエネルギーを要することになる。
しかし、どの様な環境であれ、処方せん上の疑義照会は薬剤師に取って重要な業務であることを忘れてもらっては困るのである。
[2003.7.31.]
- 財団法人日本公定書協会・編:薬事衛生六法;薬事日報社,2003