588人死亡の重さ
水曜日, 8月 15th, 2007鬼城竜生
*肺癌治療薬「ゲフィチニブ」(商品名・イレッサ)の有効性について製造元のアストラゼネカ社(英国)が「延命効果はない」とする調査結果を公表した問題で、厚生労働省の検討会は20日、「使用制限する必要性はない」との中間意見書を纏めた。3月を目途に、イレッサの有効性を最終判断する。
意見書では、調査結果が「東洋人には延命効果がある」としていることを理由に、「引き続き十分な経験を持つ医師のもとで適正に使用していくべきだ」とした。ただ、副作用によると見られる国内の死者が588人に上っているため、日本人の延命効果に関する試験を早急に進めるよう同社に求めた。これに対し、「イレッサ薬害被害者の会」の近沢昭雄代表は記者会見し、「使用を継続すれば、副作用による死者が増えていくだけだ」と批判した [読売新聞,第46280号,2005.1.21.]。
*588 人の死亡(2004年12月28日)は、2002年7月の本剤発売開始以降約2年6ヵ月の間に起きた死亡例である。米国のFDA(食品医薬品局)は、 2004年12月にイレッサの市場からの回収を検討することを決め、製造元の英国アストラゼネカ社は2005年1月4日、欧州での承認申請を取り下げることを発表した。アストラゼネカ社は、日本以外の28カ国で、他の抗がん剤が効かない末期の肺癌患者1,700人を対象に、プラセボとの比較試験を実施し、イレッサを服用したグループとプラセボを服用したグループの間で、生存期間に明確な差がなかったとしている。
本剤の服用によって重篤な副作用である『間質性肺炎』を惹起した患者数は 1,473人、そのうち死亡した事例が588人ということで、約40%の死亡率である。重篤な副作用、特に死亡例がでた薬の製造中止の判断基準はどこに設定することがいいのか解らないが、588人というのは、薬を回収するあるいは販売中止にするという基準値には達していないということなのであろうか。
今回の厚生労働省の検討会議では、「東洋人には延命効果がある」としていることを理由に、「引き続き十分な経験を持つ医師のもとで適正に使用していくべきだ」としているが、現在までに何回か『十分な経験を持つ医師のもとで適正に使用していくべき』とする通知が、厚生労働省から出されていたのではないか。その中での死亡例の増加ということであれば、適正使用にも限界があるということである。更に「東洋人には延命効果がある」という結果についても、対象とされた東洋人は日本人ではなく、更にどの程度の延命効果が見られたのか公表されたデータは見ていない。
588人の死亡という命の重さと、僅かな外国人を対象とした試験の結果を較量して、なお、継続するという判断を下したことは、果たして正当な判断といえるのかどうか。更に薬の効果が現れ、病状が好転している例もあるとされているが、どの程度の患者が、どの程度の好転を見たというのか。
他の病気を対象にした治療薬であれば、遠の昔に厚生労働省の回収指示が出されるか、あるいは企業自らが回収の決断を下している。イレッサは分子標的薬(がん細胞の増殖・転移に係わる分子を狙い撃ちする)の一つで、期待の新薬として2002年、世界に先駆けて日本で承認された経緯がある。通常なら腰の重いはずの厚生労働省が、珍しく身軽に動いた結果が、患者の死亡数の増加という結果に終わったのでは、色々差し障りがあるということで、使用中止の決断を先延ばししているのかも知れない。
更に現在、この薬については、その使用の適否について、裁判で争われている。今、回収の決断をすれば、厚生労働省が自ら招いた薬害ということになってしまう。それを避けるとすれば、販売の継続はやむを得ないということなのかも知れない。しかし、何等かの措置を講じ、使用の制限をしない限り、死亡者数の増加に歯止めをかけられないのではないか。
(2005.1.29.)
- 赤旗,第19465号,2005.1.21
- 坂上 博:イレッサ継続-現場の強い要望を反映 世界と逆行、規制含め議論を;読売新聞,第46286号,2005.1.27.