国立医療を考える[2]
水曜日, 8月 15th, 20074.薬剤業務に対する認識
薬剤師の本業は、あくまで医薬品の管理である。特に薬剤部科長の行うべき薬品管理は、単に薬局内という狭い範囲に限定したものではなく、病院全体に権限が及ぶ薬品管理がその主務でなければならない。
国立医療機関のみならず、現状の医療機関において、薬剤部科長にそこまでの権限を明確に委任している施設がどの程度あるのか解らないが、国立医療機関は率先してその点を明確にすべきである。
ただし、薬剤師が病棟等における薬品管理にまで、目配りをすることになれば、ある意味では、医師・看護婦にとって窮屈な状況が派生する。しかし、管理の徹底を図るということは、薬の使用の基準作りをすることであり、診療の妨害にならない限り医師といえどもその基準に従わなければ意味がない。
病棟薬品管理、外来診療室、手術室、放射線診断・治療棟等、医薬品の保管されている部署には、定期的な薬剤師の巡回と管理の徹底を図ることが必要である。管理の徹底はかることで、報告されている医療事故の幾つかは、間違いなく避けられたはずである。
薬品管理の一部として物品管理、情報管理があり、更に薬剤師の重要な業務として、患者の安全に直接関わる調剤業務がある。また、循環器センターで起きた臨床工学士による薬品調製のミスも、薬剤部の製剤室業務が確立していれば、起こり得なかった事故だといえる。
これらの薬剤師業務が、施設の現金収入に直ちに結びつかないとしても、病院にとって重要な業務であることを理解しなければならない。
施設として、最も医療事故に結びつきやすい薬品管理の徹底を、院内全体として薬剤師が気配りをすることで、極力防止できたとすれば、『患者の命を守る』という一点からしても、病院にとって大きな収益を上げるのと同様な効果を果たしたことになるはずである。
いつの間にか、医療現場における職員の一挙手一頭足に、幾らの稼ぎがあるのかの論議が優先されるようになってきたが、患者の安全管理が最優先されるべきであり、事故を未然に防ぐシステムの運営管理は、現状の保険制度のなかでは一銭にもならない仕事ではあるが、利益優先論のために埋没させてはならない業務である。
現在、病院勤務薬剤師の病棟での『服薬指導業務』の実践が推奨されている。職能団体を始め、厚生省も音頭を取っているようであるが、国立医療機関における薬剤師の配置人員は、院外処方を出したからといって、即『服薬指導』に邁進するほど配置されてはいない。
まして国立療養所は、外来はやらないことが前提になっており、もともと外来用の定員配置はされていない。
国民の目からすれば、国立病院も療養所も同一の医療機関である。外来患者を一人診、二人診しているうちに外来が増加し、病院並の外来患者を抱えている施設でも、療養所勘定である限り外来用の職員配置はしてこなかったはずである。
これらの背景分析なしに、一律に病棟での『服薬指導業務』を推奨されたとしても実行は困難なのである。実行困難であるから実行しない、実行を迫る方は『情勢認識が甘い、薬剤師のおかれた環境の厳しさに目を向けないから実施しないのだ』ということから『業務命令』等と恫喝的な対応を取ろうとする。21世紀を目前にして未だに『業務命令』が金科玉条であるとしているのは、悪代官にも至らない小役人の発想である。
一方、服薬指導に病棟に出向く薬剤師は、何故、同時に病棟での薬品管理に目を向けないのか、甚だ不思議である。病棟の医薬品管理も薬剤師の責任であるということが、明確にされていないための無関心さなのか、『服薬指導』は高邁な仕事であるが、『薬品管理』は低級な仕事であり、薬剤師の本務ではないと考えているのか。
まさか『薬品管理』業務については学んでいないから知らないなぞというのではないと思うが、その点について、先輩諸氏はどう指導されているのであろうか。
患者側からすれば薬剤師は本来業務で十分な力を発揮し、医薬品に係わる医療事故を防止する方策を確立した上で、直接的な患者サービス-服薬指導に力を発揮して欲しいと期待しているはずである。
厚生省も服薬指導の実施による経済的な収益性を追撃する前に、配置人員の少ない薬剤師数であることを理解し、本来業務を十分に行い、施設全体の薬品管理の徹底がされているか否かの指導をこそ強化すべきである。
本来業務を縮小しなければ、実行が難しい病棟での服薬指導を推進することによって、目先の利益を追求するに急なあまり、薬剤に起因する医療事故が発生した場合、『服薬指導業務』の推進者は責任を取るのか。
それともそれはあくまで現場の問題だとしてお逃げになるのか。経営改善も結構であるが、患者の存在を無視した経営改善、患者の安全を無視した経営改善は、医療機関としてとるべき方策ではないといえる。
5.組織としての責任体制確立
まず何よりも組織運営方針の明確化が必要である。
大きな組織になればなるほど、組織の末端にいる職員は組織構成員として無視される。しかし、どの様な立場にいる組織構成員であれ、構成する組織の一員であるという意識を常に喚起することが必要なのである。
その為には、組織の運営方針を明確にし、常に検証することが必要である。更に何よりも重要なことは、『解りやすいこと』であり、示した方針の『軸がぶれないこと』である。管理者の示す方針が頻繁に変更される、あるいは何時とは知れず忘れ去られているのでは、組織の意識は向上しない。
また、各人の職務評価は常に公平であり、当人が納得のいくものでなければならない。また、職場の同僚が見ても、その正当性が評価されるものでなければならないのである。また、仕事を進めていく上で、各人の持つ特性を理解し、職員全体を同一視しないことである。適材適所の原則は、組織運営上忘れてはならない配慮である。
また、重要なポイントとして、『職場・労働環境の改善』を忘れてはならない。職員に要求することだけが急で、職場環境や労働条件の改善には目も向けないでは、職場に不満が残り職員の労働意欲は低下する。
例えば救急センターを持つ国立医療機関では、当直する薬剤師等『医療職二』の勤務時間は異常に長くなっていることにお気づきなのであろうか。
朝8時30分から仕事を始め17 時までが1日の仕事である。17時から当直業務に就き翌朝8時30分まで、更に8時30分から17時まで約32時間の連続勤務である。夜間は仮眠が取れるのではと思われているのかも知れないが、救急センターでは一睡もせずに翌日も8時間労働を強いられるという過酷な勤務である。
このような勤務状態で翌日調剤等の通常業務を行い、緊張を維持して仕事を間違えるなという方に無理がある。職種によっては、翌日、半年休を割り振っているところもあると聞くが、本来の年休の取り方ではなく、上司の命令で年休を取っているというのでは、本来の年休の趣旨から外れているといわざるを得ない。
高邁な施設運営の方針を示されたとしても、一方でこのような労働環境が放置されているとすれば、管理者に対する信頼感は低下する。
6.スタッフとライン制の確立
全ての人間が、盲腸や脱腸になるわけではない。同様に国立医療機関に勤務する職員の全てが、『長』になりたいと思っているわけではないはずである。一方、鶏頭となるも牛尾になるなかれの精神で、施設の大小には関わりなく、『長』を目指す人間もいるはずである。
しかし、全ての人間が役職を希望するわけではなく、業務の専門性を追求したいという思いのヒトもいるはずである。それぞれの志望に見合った人事政策を取ることが、専門職能としての技術力を高める上で必要であり、国立医療機関の技術レベルを維持する上でも必要だといえる。
スタッフとして専門性を追求する人材も、ラインとして施設運営に興味を持つものも、同じ人事政策のなかで一定期間毎に転勤をさせる等の人事政策の見直しは是非とも行うべきである。硬直化した人事政策を行う限り、国立医療機関の将来は、人材の面で立ち腐れしかねないことに気付くべきである。
[2000.8.15.]