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言語明瞭意味不明

水曜日, 8月 15th, 2007

-呑酸とは何か?-

医薬品情報21

古泉秀夫

添付文書を見ていると、時に“言語明瞭意味不明”の言の葉に行き合うことがある。

ハイゼット錠(大塚製薬)は一般名γ-オリザノールの製剤で

1)高脂血症

2)心身症(更年期障害、過敏性大腸症候群)における身体症候並びに不安・緊張・抑うつを承認適応としている薬である。

病院の医薬品情報管理室で、偶然ハイゼット錠の添付文書を見ていたとき、副作用の消化器の欄に

『消化器(0.1%未満):便秘、腹部不快感、食欲不振、腹痛、腹部膨満感、腹鳴、胸やけ、呑酸、無味感、口内炎等』

の記載が見られたが、中で『呑酸』という言葉は意味不明であった。そこで企業のプロパ(現在MRに名称変更)に『呑酸』とはどの様な症状なのかと質問をしたところ、『胸やけ』ですという回答だった。しかし、『胸やけ』は『呑酸』の前に胸やけの記載があるが、といったところ『先生も御承知の通り、副作用の記載は医師の報告の通り』という厚生省(現・厚生労働省)の指示がありますのでという回答であった。

「酸を呑むと胸やけが起こるという意味ですかね」

「そういうことかも知れませんね」

「しかし、医師から副作用の報告を受けたときに、報告医と相談して言葉の統一を図ることはできなかったんですかね」

「まあ、そのまま報告するという決まりですから、そのまま報告したものと思われますが」

等と訳の解らない遣り取りをしたのは今から20年ほど前である。

今年に入って、ハイゼット錠(2005.4.改訂)の添付文書を見る機会があり消化器系の副作用を見ると、依然として『呑酸』の記載がされていた。しかし、『呑酸』=『胸やけ』という簡単な図式は成立しないということは、20年前に調査した結果確認していたが、一度書かれた副作用の標記の改訂は、そう簡単に行かないということで、2005年4月現在も変更無しということのようである。

ところで『呑酸』という言葉は、南山堂医学大辞典(第18版-1998・第19版-2006) には収載されていない。収載されているのは『呑酸?囃(ドンサンソウソウ)』=『胸やけ』である。医学大辞典によれば『呑酸』という言葉では、『胸やけ』に該当せず、『呑酸?囃』として初めて『胸やけ』に該当する。

さて『呑酸』は通常使用されている国語の辞書には収載されておらず、大字典(講談社)では『呑酸』=『おくび』とする記載がされている。つまり『呑酸』はとてものことに胸やけでは通用しないということである。この『おくび』は何かというと、これは新潮現代国語辞典第二版にも収載されており、『おくび(?気)胃にたまったガスが口から出るもの。げっぷ』となっている。『?気』の読みはアイキとするものとそのままオクビとするものがあるが、一般的にはアイキではないか。

『?』→サウ、セウ、ゼウ、ザウ。カマビスシ、騒がしき声。字源:形聲。喧しく騒がしき聲。故に口扁。曹(サウ)は音符。

『囃』→サフ、ザフ、ハヤシ。ハヤス、舞を助ける聲、鼓舞。字源:會意形聲。舞を舞う時聲を合わせてハヤスこと。故に口と雑を合わす。

『?』→アイ、イキ、オクビ。アクビ。字源:形聲。咽のこと。故に口扁。愛(アイ)は音符。

『?気(アイキ)』→おくび。くさき息気。

以上は大字典の記載である。  因みに医学大辞典は『アイキ』の見出し語はなく『おくび』 [英:eructation、belching]が見出し語である。新明解国語辞典では『アイキ』の見出し語はなく、『?』一文字で『おくび』の見出し語が付けられている。

兎に角この『呑酸』という標記は、『酸を呑めば胸やけがする』という想像力を働かせるが、情報の正確度ということからすれば、最悪の標記である。しかし、一度書いてしまった添付文書の中味は、相当の理由がなければ書き直しを認めないということで、修正はされなかったということのようである。

大学で教えていた医薬品情報学の授業で、添付文書の問題点として、この事例は長い間肴にしてきたが、2006年6月、製薬企業から添付文書の改訂情報が出され、それを見ると、何と

『呑酸』→『げっぷ』

に書き改めることになったという連絡文書だったのである。

(2006.6.17.)