医原性疾患に速やかな対応を
火曜日, 8月 14th, 2007医薬品情報21
古泉秀夫
1996年当時、血液製剤である『フィブリノゲン(乾燥人フィブリノゲン)』の承認適応症は『低フィブリノゲン血症の治療』であり、その他の適応での使用は認められていない。更に、フィブリノゲンの作用として『低フィブリノゲン血症に対する補充療法薬で、血漿中のフィブリノゲン濃度を高めることにより重篤な出血を阻止する。その作用機序はフィブリノゲンが蛋白分解酵素トロンビンに対する基質として働き、トロンビンの作用を受けてフィブリノペプタイドを遊離し、フィブリンに変わる』とする報告がされている。
『乾燥人フィブリノゲン』製剤が、『低フィブリノゲン血症』の患者にのみ使用されていたのであれば、患者自身が『低フィブリノゲン血症』の治療を受けていたということを承知しており、また、患者が受診していた医療機関に診療録(カルテ)が保存されているため、『乾燥人フィブリノゲン』に由来する感染症が起きたとしても、患者を見つけ出すことは比較的容易なはずである。
しかし、問題なのは、『血漿中のフィブリノゲン濃度を高めることにより重篤な出血を阻止する』という、本剤の作用機序を利用して、一部の施設で、本剤を『止血剤』として使用していた。つまり『承認適応外』の使用がされていたという点である。『適応外使用』の場合、医師が前もって説明でもしていなければ、使用された患者の側は全く知らないということになるわけである。
そこで厚生労働省は、血液製剤の納入されている医療機関名を公表し、止血剤を使用するような治療を受けた記憶のある者は、当該医療機関で感染の有無を検査してもらうことにした。今回、その判断に基づいて、医療機関名を公表しようとしたところ、医療機関の一部から異論が述べられたということである。その経過は次の記事の通りである。
『C型肝炎の感染が問題となっている血液製剤「フィブリノゲン」の納入先とされる全国469か所の医療機関名について、13日に開示を予定していた厚生労働省は同日「医療機関側から不服申し立てがあった」として、開示時期が今年11月から12月にずれ込む見込みとなったことを明らかにした。薬害被害者らからは「国の対応は遅すぎる」と批判の声が相次いだ。
この問題については、元大阪HIV訴訟原告団代表で前衆議院議員の家西悟さん(44)が情報公開法に基づき「厚労省が把握している納入先」について文書開示するよう請求。内閣府の情報公開審査会が2月、開示するよう答申していた。しかし、469か所の医療機関のうち、27の医療機関が「納入されていない」「風評被害につながる」などとして不服を申し立てたため、情報公開審査会で再審査されることになった。不服申し立てがあると文書全体が公開できず、この日開示された医療機関は一つもなかった』。
『風評被害につながる』等という異論を述べている医療機関には、いい加減にしたらと申し上げたい。原則的にいえば、安易に適応外使用を選択したことに問題があるのであって、それが原因で感染症に罹患した患者側からすれば、医療という名の暴力による傷害を受けたのと同じである。勿論、医師の側も、解っていてやったわけではない。しかし、悪気がなかったから免罪符が得られるという性質のものではない。
感染者の中には、自分で全く気付かずに病状が進行している患者もいるはずである。いま医療機関ができることは、直ちに情報を公開して、該当する者に検査を受けてもらい、もし感染していたとすれば、早急に治療に取り組むことである。手遅れにならないうちに治療を開始すれば、少なくとも感染症の進行を遅らせることはできるはずである。更に『納入されていない』と称している医療機関もあるが、その当時、血液製剤の取扱いは、現在ほどに厳しくはなかった。従って、正規に購入はしていなくとも、適応拡大のための予備治験と称して、プロパーが持ち込んだものを使用した可能性がないわけではない。その意味で、疑わしきは公表し、身に覚えがあるという者には直ちに検査を実施、感染の有無を確認すべきである。
感染していることを知らずに、治療をすることもなく過ごすことは、患者にとって致命的な結果を招く可能性もある。明らかな医原性疾患を隠蔽するために、公表に反対することだけは止めるべきではないか。
(2004.7.29.)
- 織田敏次・他監修:治療薬マニュアル;医学書院,1996 2)読売新聞,第46029号,2004.5.14.