医療事故防止-医療労働組合の提言に何処まで応えられるかのか
火曜日, 8月 14th, 2007医薬品情報 21
古泉 秀夫
国立病院・療養所に勤務する職員の多くが、加盟している全日本国立医療労働組合が、それぞれ勤務する医療機関の病院長に対して、『医療事故防止のための申し入れ書』を提出する運動を始めた。
国立病院・療養所の統廃合・移譲反対闘争を展開する中で、厳しい対決関係にある厚生省は、御多分に漏れず、労働組合の力を削ぐため、中間職制の研修会などを実施しつつ対決姿勢を強化している。
しかし、本来、医療機関内の労働組合は、専門職能の集団ということで、院内で行われる医療の質に対する監視機関としての役割を果たしているのである。医療機関における労働組合の役員のありようは、単に労働運動に精通しているというだけではなく、専門職能として、業務上も一流の匠でなければ、組合員の信頼を得られない。技術的に優れた専門集団が、先導する労働組合の存在は、施設内にいい意味での緊張感を生み出し、特に管理者の緊張感が持続することが、施設運営に好影響を与えるのである。
つまり労働組合から指摘される前に、問題点を改善しようとする目配りが十分にされることにより、患者サービスの向上にも貢献する。
医療事故の問題は、労働組合にとって扱いにくい課題の一つである。何故なら労働組合加入者の一人一人が、加害者になる危険を常にもっいるからであり、事故防止のために参加する検討会等では、事故の再発を防止する意味からも、仲間内の事故原因解明に積極的に参加せざるを得ないからである。
今回、全医労が提出した事故防止のための申入書は、次の通りである。
事故防止のための申入れ書
『国立病院・療養所内においても、痛ましい医療事故が相次いでいます。しかし「病院における人手不足があらゆる面で医療事故の陰に潜んでいる」(国立循環器病センター川島名誉総長)、「夜を日に継ぐ多忙な現場の人手不足は、安全基準のマニュアル化や安全意識の高揚だけでは事故の再発を防止できない限界まできている」(東北大学濃沼教授)と言われているように、多忙な医療現場においては、人間の注意力を喚起するだけでは限界があります。
とりわけ国立医療機関は、他の公的医療機関と比較しても、大きな看護力を要する患者さんが多く、その一方で医師・看護婦(士)をはじめとする職員の配置は少なく、夜勤体制も大半が2人夜勤となっています。そのような状況のなかで「複数での対応」や「ダブルチェック」などを指示しても、それだけの人員配置がなければ事故防止策としては機能しません。したがって増員によって、看護体制を強化するなど抜本対策を講ずるべきです。
同時に連続する医療事故の背景には、医療のチームワークをくずす「上位下達」の労務管理政策があります。いくら看護職員が、施設当局に増員を要求しても「増員は権限外事項」とはねつけ、経営効率のみを追求する。こうした施設運営にも大きな問題があります。
病院内で自由にものが言い合える雰囲気作りこそが、事故を防ぎ、医療の質を高めていきます。施設当局は医療事故防止のためにも、職員の意見や要望に、真摯に耳を傾けるべきです。
以上の立場から、貴職に対し医療事故防止のため、つぎの事項を申し入れ、その実現を要求します。』
記
1.患者の権利を守り、インフォームド・コンセントを徹底すること。
2.医師・看護婦(士)をはじめとする医療従事者の増員を行うとともに、夜間看護体制を最低でも3人以上とし、ダブルチェックをはじめ患者の安全確保に必要なチェック体制を確立すること。
3.看護職員に過度の緊張と疲労をもたらす長時間夜勤・二交替制勤務は導入せず、実施職場ではすみやかに中止すること。
二交替制を継続している間は、国立病院部政策医療課長通知「国立病院・療養所における看護婦等の二交替制勤務の実施について」(政医第332 号 平成8年10月17日)にもとづき、「夜勤回数は月間4回以内」や「週休日の連続取得」、休憩・休息時間の完全取得など「職員の健康管理」と「環境整備」を徹底すること。
4.超過勤務の縮減はもとよりサービス残業をなくし、働きやすい職場としていくこと。
5.増員により、各病院にリスクマネージャーを専任者で配置すること。
6.医療機器の保守・メンテナンスに必要な予算を充分保障するとともに、耐用年数を超えた機器は必ず更新すること。また専任の臨床工学技士を配置すること。
7.施設内に設置する「医療事故防止対策委員会」には、労働組合代表を加えるとともに、法律家、専門家など第三者も構成員とすること。
8.医療事故に対しては、個人責任の追及ではなく、組織(施設)全体の問題として対応すること。
9.「ヒヤリ・ハット体験報告書」(インシデント・レポート)は、自発的報告をはじめ事例を数多く集めるため、簡素化するとともに、無記名とすること。
「報告書」は「事故再発防止」のためであり、「個人の責任追及ではない」こと、「勤務評定の対象外」であることを徹底すること。「報告」の集積、分析、対策などの情報は公開すること。
10.複雑・高度化する医療に対応するための研修を、全職員が受けられるようにすること。
以 上
新聞報道によれば、厚生省は医療事故多発問題と人員問題は絡めないと発言しているようである。しかし、10年前の医療内容と現在の医療内容を比較検討した場合、明らかに現在の医療内容の方が、中身が濃くなっているはずである。にもかかわらず病院における人員の配置はむしろ減少傾向を見せており、看護婦等の職員の増員も『焼け石に水』程度のものである。
更に厚生省は、増員なしでの夜勤回数減を諮ろうと、二交代制などという非近代的な勤務体系を導入しようとさえしている。医療の高度化は24時間の治療・看護を要求される。夜間、患者は眠っていると考える厚生省の考え方は誤りである。下手をすると日勤と同様の濃密な看護を要求される患者さえいるのである。
『衣食足りて礼節を知る』は、医療の世界にも当てはまる。駆け足の日常勤務の中で、精神主義だけで医療過誤を防ぐことは不可能である。
医療の高度化と共に、利用される医療機器もその構造が複雑化し、操作に専門的な技術が必要になることはやむを得ない仕儀である。にもかかわらず医師と看護婦がいればそれらの機器も操作できると考えているところに問題がある。
医療の世界で医師が万能で有り得た時代は終わったことを明確に自覚すべきである。専門分化に対応すべく、臨床工学技士の増員を諮ると共に、業務の委任を行うべきである。
各職場にリスクマネージャーを配置するという発想は褒められるべきことではあるが、他の職務と併任であるとする発想は、決して褒められるべきものではない。真に医療事故の防止を考えているのであれば、他の職務と併任では、日常業務に追われてリスクマネージャー業務にまで手を伸ばすことは不可能である。
ましてリスクマネージャー業務を行うのであれば、今までに経験したことのない業務であり、十分な研修が必要である。最もこれから研修を行うのでは、『盗人を捕らえて縄を綯う』のと同じことであるが、例え次善の策であれ実施することが必要である。
甚だ不思議なことに、『incident report(事故寸前報告)』が既に『始末書』に名前を変えている施設もあり、廊下で転んでいる患者を助け起こし、入院病棟に送り届けたところ、見たのは貴方だから始末書を書けといわれた看護婦もいると聞く。
足下の不自由な患者を、肩を貸す看護婦もなしに病棟外に出した病棟婦長の判断こそ問われるべきで、このようなことが続くようであれば、廊下で倒れている患者の手助けをする病院職員がいなくなることになる。『事故寸前報告』の提出が、病院職員の心の荒廃を招くようでは本末転倒も甚だしい。
日本人の悪い癖で、その時代の高揚した話題に無批判に引きずられる傾向が見られるが、危機管理、危機管理が単なるお題目終わらないためにも、徹底した情報公開が必要であり、「医療事故防止対策委員会」に組合代表を入れることも一つの方法である。むしろ「医療事故防止対策委員会」に、彼らの要求通り、労働組合代表の参加を認めるか否かは、情報公開が口先だけで終わるのか実行されるのかを占うための、あるいは踏み絵であるといえるかもしれない。
[2000.11.10.]