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当たり前といえば、当たり前のことで 

火曜日, 8月 14th, 2007

鬼城竜生

埼玉県川越市にある埼玉医大総合医療センターで、2000年10月に、高校2年生の女子(当時16歳)が、抗癌剤を過剰投与されて死亡した医療ミス事件で、業務上過失致死罪に問われた元同センター耳鼻咽喉科科長兼教授・川端五十鈴被告(70)に対し、最高裁第1小法廷(甲斐中辰夫裁判長)は、上告を棄却する決定をしたという [読売新聞,第46581号,2005.11.18.]。

決定は15日付で、禁固1年、執行猶予3年とした2審・東京高裁判決が確定した。

甲斐中裁判長は『被告は科長として、医師経験が4年余りしかない主治医に対し、投与計画が妥当かどうかをチェックし、副作用の発生を報告させる義務があったのに、怠った過失がある』との判断を示したようである。

医療チームに加わらず、管理者として治療方針を承認する立場にいた医師について、最高裁が刑事責任を認めたのは初めてとされる。

2審判決では、滑膜肉腫と診断された女子について、川端被告が主治医への必要な指導などを怠った結果、主治医は投与量が週1回と定められた抗癌剤を7日連続で投与し、多臓器不全で死亡させた。

1審では、「主治医より責任が格段に軽い」として罰金刑を言い渡したが、2審では禁固刑になっていたとされる。

従来論からすれば、既に医師免許を持っており、独立した医師である以上、医療行為に関しては、自己責任でおやりになるのが原則とする考え方が、一般的ではなかったか。その意味では、主治医の責任が全面に問われるべきであるとする、1審判決こそが従前の考え方であって、医師といえども僅か4年の経験しかない主治医に対して、科長には監督責任があるという最高裁判例は、医師にとって驚天動地の考え方だということが出来る。

本来医師は、徒弟制度的上下関係は得意とするが、組織としての上下関係は苦手である。

病院という組織の中で、病院長の管理責任について、認識している医師は甚だしく少数派であり、医長が平の医師を管理監督し、指導的役割を果たさなければならないという立場は失念しているのが普通である。従って、総合病院という器を外部から眺めると、組織だって仕事がされているように見えるが、実態は開業医の集団みたいな状況になっているのである。

第一病院長になった医師自身が、病院長に変身するまでに時間を要する。患者を診察するという、医師本来の業務に固執する余り、病院長業務が片手間仕事になってしまうのである。例えば院長決裁の書類を持参しても院長室におらず、外来で患者の診療をしているなどということになる。外来に行くと現在診療中であり、しばしお待ちを等ということになる。これをやられると院内の各種業務は明らかに遅れ始める。

しかも拙いことに、院長業務に専念していただきたいなどという意見を端でいう雰囲気はなく、当人が気付かなければ、そのままの状態が継続する。結果として、院長の判断なしに日常業務は進行し、事後報告なる独善が蔓延する。つまり医師というのは、自分が患者を診るということには熱心であるが、診療から手を引き、管理職としての立場に専念するというのは苦手なのである。その意味では、埼玉医大総合医療センターの事例も、科長という病院での立場で、管理権限を行使しなければならないということを、当人としてはさほど認識していなかったのではないかと思われる。しかし、最高裁判断が、科長の管理責任を認めたということは、従来の慣行に従い、経験の長短に関係なく、医師免許を持っている医師は、放り出しておけばいいというのではなく、組織として指導し、業務命令を明確に理解させておくことが必要だということなのである。

医師だから何をやっるのも勝手であるということではなく、治療計画を立て、上司の許可を得て、治療を行うという、通常の社会では当たり前のことを、今後は明確にしていくことが必要だということなのだろう。

それにしても世知辛くなったと感じるのか、今までがいい加減だったと感じるのか、そこのところの感覚の問題である。

(2005.11.26.)