感染症管理の変遷
火曜日, 8月 14th, 2007医薬品情報21
古泉秀夫
悪名高い『らい予防法』が、平成8年4月1日に施行された『らい予防法の廃止に関する法律』に基づいて廃止された。らい予防法は昭和28年法律第214号により施行され、実施されたものである。
勿論、法律が廃止になったとはいえ、永年隔離政策を執ってきた国の責任が消えるわけではなく、国立ハンセン病療養所における療養は『第二条 国は、国立ハンセン病療養所(前条の規定による廃止前のらい予防法(以下「旧法」という。)第十一条の規定により国が設置したらい療養所をいう。以下同じ。)において、この法律の施行の際現に国立ハンセン病療養所に入所している者であって、引き続き入所するもの(第四条において「入所者」という。)に対して、必要な療養を行うものとする。』ということで、引き続き国が運営する国立療養所で療養を継続することになっている。
感染症に関連する法律の改正で、もう一つ重要なものが、『結核予防法』の廃止である。勿論、結核予防法が単純に消えてなくなったというわけではなく、平成18年12月8日法律第106号で廃止されたが、同時に『感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成10年法律第114 号)』に引き継がれ平成19年4月1日から施行された。
ところでハンセン病は、感染力の強い菌ではなく、有効な薬物療法もあるため、通常の対応が可能で、世間の人の頭の中に刷り込まれているほどやっかいな病ではない。
従って、『らい予防法』が廃止されたことに特に問題はないが、結核は、そういうわけにはいかない事情があり、法律の廃止には反対意見が見られたようである。
世界保健機関(WHO)は、2007年3月22日に結核に関する年次報告を発表したとされるが、それによると多くの抗結核薬が効かず、治療が極めて困難な新型結核『超薬剤耐性結核』(Extensive or Extreme Drug-Resistant Tuberculosis:XDR-TB)の感染確認が、日本を含む世界35カ国にまで拡大し、感染症の国際対策にとって「深刻な脅威」となる恐れがあるとされる。
新型結核は、主要8カ国(G8)を含む世界各地に拡大。報告が集中しているのは旧ソ連圏と欧州で、亜細亜では日本、韓国、中国、泰国、バングラデシュで感染が報告されている。『XDR-TB』は、カナマイシン等の「第二次選択薬」と呼ばれる抗結核薬が効かない結核菌で、感染者は全結核患者の約2%に達すると見られている。
ついこの間まで、結核は近いうちに地球上から消滅するのではないかといわれていたが、しぶとく生き残っているばかりでなく、ヒトの唯一無二の対抗策である抗生物質が無効ということになると、ヒトの対抗策は無くなってしまう。
つまり抗生物質はあっても、効果がなければないと同じで、結核に感染した患者は、栄養補給をしつつ、安静に過ごすなどという古典的治療法に本卦還りすることになりかねない。
一方、平成14年11月13日付で『結核予防法施行令』の一部が改正され、平成15年4月1日から『小・中学校におけるツベルクリン反応検査は廃止』されている。理由として『平成7年にWHOが、BCGの複数回接種の有効性に関して疑問視していることや、小・中学校でのツベルクリン反応検査による結核患者の発見も殆ど無く、また強陽性患者が出たとしても、過去にBCGの接種を受けていた結果、あるいは再ツベルクリン検査などで、繰返し接種した場合の影響等で、結核感染の判断をすることが困難になる』等が挙げられている。
更に、平成16年6月15日付で『改正結核予防法』が成立し、平成17年4月1日から施行された。ほぼ半世紀ぶりの結核予防法の改正だといわれている。改正のポイントは、
- ツベルクリン反応検査を廃止して直接BCG接種を実施、また定期健康診断や定期外健康診断の対象者・方法の見直し
- 保健所・主治医によるDOTS(ドッツ-直接服薬確認療法)の実施
- 国・地方公共団体の責務の規定
- 国・都道府県の結核対策に係わる計画の策定
- 結核検診協議会の見直し
の5点。
- 平成18年12月8日:法律第106号『感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律等の一部を改正する法律』により、結核は『二類感染症』格付けされた。
- 平成19年3月9日:政令第44号『感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律等の一部を改正する法律の施行に伴う関係政令の整備等に関する政令』により『結核予防法施行令』は廃止された。
一見すると、我が国の結核の状況は新しい時代を迎えたように見えるが、WHOの報告を見るまでもなく、依然として結核は我が国における重要な感染症となっている。また先進国の上位階層の罹患率とは差があり、我が国は中蔓延国に分類されている。更に患者の高齢化、都市部への集中、重症発病の増加など、結核感染の問題は多様化しているといえる。我が国の結核は、全国的に広く蔓延していた時代から高齢者等、都市部を中心に患者が集中する状況を迎えている。新たに結核に感染する患者は1年間に29,000人程度で、そのうち死亡者は2,300人程度に上っている。
そこに持ってきて『超薬剤耐性結核』が蔓延することになれば、再度結核は恐るべき伝染病に格上げされることになる。
[2007.4.3.]
- 読売新聞,第47069号,2007.3.23.
- http://www.jata.or.jp/rit/rj/kjoushi.htm,2007.3.28.